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展示会のDMデザイン上がりました。

 

今夏の展示会のDMを作りました。

 

山に灯るあかり を旧司祭館のふるいあかりの

ランプシェードの山型の一部を借りて表現してみました。

 

右側が常念岳で、左側が槍ヶ岳。

 

よく見ると蜘蛛の糸もたなびく雲のように。

 

山稜が沈む夕陽に輝いています。

 

そう、山が灯っています。

 

そして海の青さと違う山国の青が出せたかなと。

 

 

データ出稿も済ませ、印刷上がりが今週中に届きますので

2ヶ月前からお届けできると思います。

 

ホームページのお問い合わせからご連絡いただければ

郵送させていただきます。

 

http://gasha.jp/contact

 

今年の展示会作品の山に灯るあかりはポジフィルムで撮ろうと。

 

 

最近、松本の街角でも若い女子が古いフィルムカメラを首からさげてあちこちレンズを向けてシャッターを切る姿を見かけます。

 

インスタ映えを狙うスマホ撮りと対比して。

 

私もかつて、12の頃親父様のカメラをこそっと持ち出して大阪から信州に友人3人で蒸気機関車を撮りに来ました。

 

そう、スタンドバイミーの世界。

 

そしてそのカメラを川に落としてしまった。。。

 

帰ってから必死になって徹夜で親父様に見つからないようにバラバラに分解して動くようにした。

 

レンズの中のシャッターの羽根の動きが繊細で、動いても直ぐに動きが悪くなってしまう。

 

家の縫製工場にあったミシン油ではダメだったようです。

 

 

蒸気機関車が好きで、写真を撮りたくて、カメラを壊して分解した。

 

そんな経験がカメラという精密機械に興味を持ったきっかけでした。

 

そして工学系に進み、就職はカメラメーカーを受けましたが落ち、時計メーカーに。

 

 

前置きが長くなりました。

 

今でさえ写真といえばデジカメ、スマホ撮りが当たり前。

 

でも、ちょっと前まで写真文化が始まって以来銀塩写真、フィルムに焼き付ける方式が当たり前だったんです。

 

私も12から30歳後半までずっとフィルムで撮り続けていました。

 

リバーサルフィルム、いわゆるポジフィルム、スライドになるみたままの色で撮れるフィルムの表現力に

 

驚かされ、撮ったこともありました。

 

最近でも、Nikon F3、F4を中古で入手した折に撮っていました。

 

そのマウント仕上げしたのを出してきて光に透かした時、

 

「これだ」

 

久しぶりにリバーサルフィルムで今年のテーマの「山に灯るあかり」を撮ってみようと思いました。

 

デジタルデータ化するフィルムスキャナーを入手しないといけないな。

 

新たな作品作りにトライしますので、また制作過程の様子をアップしていきます。

 

山に灯るあかり、作りはじめます。

 

「 山に灯るあかり 」

 

これを今年の夏の展示会テーマとモティーフに決めました。

 

自分を信州に住まわせたもの、それこそ上高地の聖霊な山々の風景と雪山のスキー場でした。

 

春には山からの贈り物、山菜。  秋にはキノコ。

 

四季折々の息を呑むほどの風景。

 

昨年は海の日に展示会を開催することと、ふるいあかり作品を暗がりで見た人が

 

深海に浮かぶクラゲのよう、と言った一言で 「 海に浮かぶあかり 」 をテーマにしました。

 

今年も海の日に同じ場所に帰り着くので、

 

海から川をさかのぼって、信州に帰り着いてぽっと灯り始める灯りを描きたいと思いました。

 

自分が信州に暮らして35年。

 

自分なりに感じ得る山とふるいあかりの 「 写 心 絵 」。

 

この一点もまさにクラゲの灯りからの山に灯るあかりへ。

 

さて、あちこちに山に灯るあかりを求めてカメラと自分の目と身体で採取に駆け回ります。

 

今年の7月海の日の3連休に会場でお待ちしています。

夏の展示会まで3ヶ月に。

 

 

「 ふるいあかりたち 3展 」 〜 山に灯るあかり 〜

 

 

2018年 7月 14日 から 7月 16日の海の日まで開催します。

 

今日であと3ヶ月。

 

そうです、自分のキーワードナンバーの 3。

 

いよいよ展示会に向けてスタートを切ります。

 

作品作りや、展示方法・会場演出の仕方、コンセプトの作り込み。

 

そう言ったイメージは冬の間じっくりゆっくり

 

露天風呂に浸かりながら考えてきていましたから、だいたい断片的に出来ています。

 

会社に入って、モノを設計してた時代からの自分流の考えのまとめ上げ方です。

 

あとは時間軸に合わせながら(追われながら)火事場の馬鹿力で。

 

 

一昨年のひと壁展、去年のふた壁展。

 

そして3年目の 3(さん)展。

 

この3には

 

・3回目

・3本の矢

・平成30年

・サンキュー(感謝)

・山(さん)

・みな さん

・産(うみだす)

 

などの意味を込めています。

 

 

去年の「 ふるいあかりたち ふた壁展 」〜 海に浮かぶあかり 〜が終わり、

 

川を下って海に行っていたあかりたちが、生まれ故郷の地に遡ってきてくれます。

 

そして、信州の山々にぽっと灯りはじめる様を描き出したいと思っています。

 

今年も去年と同じ会場の同じ場所、同じ海の日を絡めた時に。

 

3/31。

 

 

道路の◯は今まで歩いて来た日々でしょうか。

 

雨に濡れ滑りそうになった日もあれば、それこそ転けた日も。

 

中には✖の日があったり、◎の日もあったかな。

 

ひび割れこそがいい思い出です。

 

そんな想いを巡らせる写真がこの一枚です。

 

今住んでる松本の次の棲家を、諏訪湖を駆け上って峠を越えて、

 

桜で有名な高遠城に向かう杖突街道沿いに決めました。

 

築150年近く経つ古民家と蔵が取り壊されて隣り合う畑。

 

標高1000mあるそれこそ高くて遠い地なので、

 

畑に冬を越すための小さなログハウスをセルフビルドしようと考えています。

 

雅舎の “ 舎 ” を作ろうと。

 

    http://gasha.jp/free/furuiakari1

 

そしてそこに暮らしながら先人の生活がぎっしり詰まった古民家を

 

オープンでフリーな“ 雅 ” の空間に。

 

     http://gasha.jp/free/furuiakari

 

 

 

そんなこんな今まで歩いて来た道程を一旦立ち止まり、

 

リセットする3/31。

 

明日から新年度のスタートです。

 

そして5/28が雅舎の離陸、高くて遠い場所から身近で憩える場所に。

『 写心絵 』と言おうかと。

 

 

 

旧司祭館の2階、バルコニーに出る扉の上にかかっていたあかりです。

 

そうです、3年前の今日に撮影した写真がこの淡い緑を帯びた大好きなあかりだったのです。

 

たしか、秋頃にはもう違うあかりに架け替えられていました。

 

 

 

どうしたんだろう。。

 

 

 

Facebookの過去のこの日って機能は、そんな郷愁にタイムスリップさせてくれます。

 

そして、以前書いてた 「 写心象画 」 ってことばも。

 

「 写真 」 と、 「 心象画 」 を組み合わせたことば。

 

自分の表現は真実、ありのままを写す写真ではないし、筆で心の内を描き表すこともできない。

 

 

使い込んで自分の道具となったカメラ=心の眼で、気持ちが入り込んだ瞬間を切り取り、持ち帰り、

 

自分にとっての絵筆=Macと顔料インクプリンターで絵に再表現する。

 

 

『 写 心 絵 』      しゃしんえ

 

 

このことばで言い得るのかもしれない。

 

今はもうなくなってしまって、

 

もう見ることもその柔らかなあかりで照らしてもらうこともできないこのかぼちゃの形したあかり。

 

こころの中に残るあかりをじっくりと絵にしてみようと思います。

 

今度の夏の展示会で見ていただきたいと。

 

 

 

 

春風に思わずスキップ♫

 

今日の松本市は日中の気温が20℃近くに。

 

日中でも氷点下で縮こまってた1ヶ月前から解放されて思わずスキップ♫

 

そしてこのふるいあかりを〜

 

ランプシェードの形が春風でひるがえるフリルスカートのよう♫

 

夏から冬にかけては、海に潜むクラゲのようなあかりだったんですが、

 

テラスから射し込むやわらかであたたかい春の陽射しが透けて見えると、、、もう。

 

 

 

そんな気分で、

 

上着も冬物の山用ジャケットから黄色の春もののハーフコートにライナー付けて。

 

気持ちも身体も軽くなりますね。

 

(体重は冬籠りモードから落とさなければ、、、)

 

 

 

GASHA 雅舎 のホームページも春の装いにしていますのでぜひ覗きに来てくださいね〜

 

☞  gasha.jp

黄色く春の色に染まる天井が。

 

 

旧司祭館の2階の寝室であった部屋に入った途端、

 

天井が 「黄色い!」

 

 

以前、5月に赤く染まった天井に驚き、原因を探ると外の植え込みで咲き誇っていた

 

ツツジの花に陽の光が反射し鎧戸から差し込んでいたことがありました。

 

さて、外に菜の花畑はないし、まして福寿草が咲く場所でもないなと。

 

 

さてさて、どうして黄色いのか?

 

 

原因は、東京都内でよく見るツアーバスのあの“はとバスカラー”の鮮やかな黄色でした。

 

2台連ねて隣の旧開智学校見物に来て、旧司祭館の脇に停車中でした。

 

 

前の赤い時のような、今度は春っぽい花が起こした粋な現象でなく残念。。。

 

今日はひな祭りだったので桃の花が咲いていて、桃色の天井が良かったかなと。

 

 

ふた壁展の時の赤い天井のあかり作品をギャラリーにアップしました。

 

http://gasha.jp/photo/album/496021

ふるいフィラメント電球との出逢いがありました

 

 

 

先日行った横浜にある日本郵船博物館に展示保存されていました。

 

製造元のマークが 「マツダ」。

 

えっ! あの自動車メーカーの?

 

箱を見ると東京芝浦電気の文字が。

 

東芝製だったんですね。

 

そう、だった。

 

 

〜東芝のホームページより〜

 

 

当時の主力製品である白熱電球"マツダランプ"の"マツダ"をモチーフにしたマークを使用。

この"マツダ"(Mazda)とは、ゾロアスター教の主神で光の神でもある「アウラ・マズダ」に由来する。

 

 

東芝、白熱電球の生産終了 120年の歴史に幕  〜 日本経済新聞記事

2010/3/17

 東芝の照明子会社、東芝ライテックは17日、同日付で一般白熱電球の製造を終えると発表した。白熱電球は東芝の前身の白熱舎が1890年に日本で初めて製造に乗り出した「発祥事業」の1つだが、エネルギー効率が良い発光ダイオード(LED)電球や電球型蛍光ランプに軸足を移しており、120年の歴史に幕を下ろす。

 最近は鹿沼工場(栃木県鹿沼市)の1ラインで生産していた。10人弱の従業員は蛍光管なども生産する同工場内で配置転換する。国内販売も現在流通している分で最後となる。海外生産も2月末までに終えた。ハロゲンランプなど代替技術が確立していない特殊な白熱電球の生産は続ける。

 東芝グループは白熱電球を累計で40億7000万個製造。ピークの1973年には7800万個を国内で生産したが、09年には約10分の1の700万個まで減少している。

 

 

 

 

でも、ホームセンターや100円ショップでもまだ店頭に並んでいます。

 

調べてみました。

 

国内でまだ生産を続けているところ
・イエス株式会社
・旭光電機工業株式会社
・舶用電球株式会社
・メトロ電気工業株式会社    等

 

船舶用とか工業用の特殊な仕様のもの、無くせないものは作り続けていますね。

 

100円ショップで売ってるのは多分中国製でしょうか。

 

 

 

そもそも、白熱電球が誕生したのは19世紀のこと。

 

諸説あるものの、1879年にアメリカのエジソンによって生まれたという説が有力だそうです。

 

白熱電球は、電球の内部にある「フィラメント」という線状の部分に電気が通り、その抵抗で熱と光が生み出される構造になっていて

 

基本的な仕組みは今のも変わっていないんです。 すごい人ですね、エジソン!

 

エジソンは白熱電球の寿命を長持ちさせるために、フィラメントの素材として日本の「竹」を取り入れて改良した話は有名です。

 

特に、京都府八幡市の石清水八幡宮に生えている竹を好んで採用したそうです。 すごいぞ日本の竹!!

 

 

でも、もう政府方針で大手メーカーには製造販売の中止を求めてしまった。

 

 

 

がっかり、エジソンと竹。。。

 

 

 

 

 

遠くアメリカ シアトルまで渡った海に浮かぶあかり

 

 

横浜山下公園のマリンタワーとともにシンボルとなっている氷川丸。

 

日本の昔の海運を担った船舶には地名が付けられたことがほとんどの中、

 

神奈川県にある氷川神社から名付けられたとのこと。

 

もう船自体が重要文化財になっていて、なかなかの見応えでした。

 

チャップリンや柔道家の嘉納治五郎もアメリカのシアトル航路に乗船したそうな。

 

一等船室や娯楽室、食堂の造作やふるいあかりに見入ってしまいました。

 

積荷に絹を運んだそうで、「シルクルーム」という頑丈に木で囲われて海の塩水の湿気から守った部屋もあります。

 

信州の生糸も、きっと遠くアメリカまで渡ったことでしょう。

 

 

 

そして、本当に海に浮かぶあかりがそこに灯っていました。

 

また作品にしてギャラリーに「氷川丸のあかり」として加えます。

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